「逃げの人生」だった私が、28歳で全てを捨てて税理士を目指した理由
2026/01/14
はじめに:履歴書を前に、手が止まっているあなたへ
もしあなたが今、「自分には誇れるキャリアがない」「誇れる資格も、やり遂げた経験もない」と、真っ白な履歴書を前にして立ち止まっているとしたら。あるいは、今の仕事に限界を感じながらも、「今さら新しい挑戦なんて……」と自分に蓋をしているとしたら。
少しだけ、私の話をさせてください。
今でこそ私は税理士事務所の代表として、多くの経営者の方々のパートナーを務めています。しかし、20代後半までの私は、お世辞にも「立派な人間」ではありませんでした。むしろ、徹底的に「楽な方」へ、「受験」という言葉から「逃げる方」へと歩み続けてきた、無気力な人間だったのです。
これは、そんな私が28歳という、人生の崖っぷちですべてを捨てて税理士を目指し、4年間で人生をひっくり返した記録です。
第1章:目的のない「回避」の連続だった学生時代
私は1982年、大阪市で生まれました。 振り返れば、私の前半生は「いかにして努力を避けるか」という一点に集約されていたように思います。
高校は当時の偏差値で何となくいけそうなとこ、大学は系列校で家から近いという理由で選びました。
どちらも「受験勉強を回避したい、とにかくしんどいことをやりたくない」という一心で選んだ進路でした。
将来何をしたいか、どんな人間になりたいか。そんな高尚な目的意識は微塵もありません。
「周りの友達が行くから」「とりあえず、行けるところに行けばいい」そんな、主体性を欠いた選択の連続。
大学生活は、その無気力さがピークに達しました。 日中は睡眠、夜はアルバイト、そして空いた時間は飲み歩く。典型的な「目的のない大学生」の成れの果てです。
当然のように一度留年し、卒業が近づいても自分が何をしたいのか、全くイメージが湧きませんでした。
当時の日本は就職氷河期の末期。周りを見渡せば、いわゆる「ブラック」な響きを持つ求人が溢れていました。私にとって、それは恐怖でしかありませんでした。
「働きたくない。でも、何もしないわけにはいかない」
そんな後ろ向きな理由で、私は公務員試験の勉強を始めました。
今ならわかります。それは「安定」を求めたのではなく、「厳しい就職活動」から逃げるための隠れみのだったのです。
約2年間、机には向かいましたが、不合格の連続。本質的な動機がない学習が、身をむすぶはずもありませんでした。
第2章:真っ白な履歴書と、突きつけられた「空虚」
公務員試験という「逃げ道」も絶たれた20代半ば。私はついに、本格的な就職活動という現実に直面します。 初めて真面目に履歴書を書こうとした、あの日の衝撃を今でも忘れません。
「書くことが、何もない」
資格欄は空白。自己PRに書けるような、何かを最後までやり遂げた経験もゼロ。 20数年という月日を浪費してきた自分の「空疎な経歴」が、白い紙の上で冷酷に突きつけられました。
「自分は今まで、一体何をしていたんだろう……」
猛烈な挫折感と、底知れない恐怖が襲ってきました。このままでは、自分は何者にもなれない。誰からも必要とされない人間として、人生を終えてしまうのではないか。 その時、私の中で初めて「自分を変えたい」という、乾いた叫びのような動機が生まれました。
第3章:会計業界との出会いと、4年間の「勘違い」
まずは履歴書の空白を埋めなければ。 その一心で、私は日商簿記3級の勉強を始めました。これが、私の人生と会計業界が交差した瞬間でした。
意外にも、簿記の勉強は自分に合っていました。目に見えて数字が合う快感。トントン拍子に2級まで合格。その勢いのまま、会計事務所に採用されることになります。
しかし、現実は甘くありませんでした。 簿記2級を持っている程度では、実務では全く通用しません。社会人経験も乏しい私は、専門用語が飛び交う事務所内で「やっと日本語が話せるようになった程度」の赤ん坊同然でした。
「この業界で生きていくなら、税理士を目指すしかない」
そう思い立った私は、独学で税理士試験の勉強を始めます。それでも性根で人生をナメていた私は「日商簿記2級までサクッと受かったからその延長でなんとかなるだろう」という、今思えば笑ってしまうほど甘い見通しでした。
初めての試験。 試験会場の張り詰めた空気の中、問題用紙を開いた瞬間の絶望を今でも鮮明に覚えています。 書いてあることが、一文字も理解できない。 ペンが1ミリも動かない。 周囲の電卓を叩く音やカリカリという筆記音が響く中、私は2時間、ただ石のように硬直していました。
結果は当然、箸にも棒にもかからない不合格。 その後、仕事の合間に大原の夜間クラスに通い始めましたが、年末からの確定申告期には通学が途絶え、業務の疲れを理由にペンを置く日々。そんな「記念受験」を数年繰り返しました。
口では「税理士を目指している」と言いながら、実際には何の成果も出せない。 またしても、私は「仕事が忙しい」という正当な理由を見つけて、努力から逃げていたのです。
第4章:28歳の決断。彼女、仕事、そして「甘え」との決別
2011年、私は28歳になっていました。 人生の大きな転機が訪れます。
当時、私には結婚を考えて同棲いた彼女がいました。 もし今、彼女と結婚して、子供ができたら。 私はきっと、「家族を支えるため」という大義名分を掲げて、税理士の夢を完全に諦めるだろう。
そして一生、資格のない事務員として、仕事のできない奴として、心の中で「自分も本気を出せば……」という言い訳を抱えて生きていく。
その未来を想像した時、背筋が凍るような恐怖を感じました。
「一度でいい。人生で一度だけでいいから、何かに本気で取り組み、やり遂げたと言える経験が欲しい」
私は決断しました。 勤めていた事務所を退職。 結婚を考えていた彼女とも別れました。 不退転の決意を固めるため、私は「独身で、無職の、28歳の受験生」へと戻ったのです。
私には奇妙な確信がありました。「環境さえ整え、すべての時間を注ぎ込めば、自分ならいけるはずだ」という、根拠のない確信です。
実家に戻り、親に頭を下げ、大原の全日クラスに申し込みました。 朝から晩まで、勉強にリソースを全投入する。
変な自信はあったもののとにかく結果はどうあれ「納得のいくところまでやり切ってみたい」そう感じていたのをい今でも覚えています。
第5章:大原の全日クラス。18歳に混じって過ごした、狂気の4年間
全日クラスの教室に入ると、周りは高校を卒業したばかりの18歳や、大学を出たての若者ばかり。28歳の私は明らかに浮いていました。
しかし、気恥ずかしさなどありませんでした。 「これで受からなければ、自分の人生は終わりだ」 その背水の陣のメンタリティが、私を狂気的な集中力へと駆り立てました。
朝から夕方まで講義と演習、その後夜閉館までペンを動かす。 理論暗記のために、通学電車の中でボロボロになったテキストを手にブツブツなにか呟いてる。はたから見ると明らかにおかしな人。
今思い合っている」という実感に繋がっていました。
結果として、私は4年間で5科目をすべて合格しました。 簿記論、財務諸表論、消費税法、相
返すとそんな生活が苦痛に満ちていたかというと不思議と「苦痛に耐えている」という感覚はありませんでした。
それまでの私は、仕事の人間関係に悩み、(仕事ぶりに対して適正な)低賃金に喘ぎ、ボロボロの靴を履き、酒で現実逃避をする……そんな「雑音」だらけの毎日を送っていました。
それがどうでしょう。 今は、朝起きてから寝るまで、「税理士試験に受かること」だけを考えていればいい。 自分がやりたいと思ったことに、自分の全リソースを注ぎ込める。
これまでの28年間、何をやっても中途半端で、いつも何かに追いかけられるように逃げてきた私にとって、「これだけに集中していい」という許可を自分に出せたことは、何物にも代えがたい充足感でした。
もちろん思うような結果が出なくて叫び出したくなる夜もありました。 でも、その苦しみさえも、私にとっては「今、自分は初めて人生と向き
続税法、そして最後は法人税法。 合格通知を見た時、涙は出ませんでした。ただ、「ああ、これでやっと、私の人生が始まったんだ」という深い安堵感だけがありました。
結びに:挫折を知っているからこそ、あなたに伝えたいこと
長々と私の過去をお話ししました。 なぜ、こんな格好悪い話を書いたのか。
・かつての私のように、何かに自信を持てずにいる人
・履歴書の空白を見て、自分を責めている人
・今の環境を変えたいけれど、一歩が踏み出せない人
・働きながらの受験に限界を感じ、悔しい思いをしている人
私は、そんな「痛み」や「挫折」を知っている人と一緒に働きたいと思っています。 実務のスキルは経験を積めば必ず身につきます。 でも、「自分を変えたい」「誰かの役に立ちたい」という切実な想いは、教えられるものではありません。
私たちの事務所は、あなたが「やり遂げる経験」を積むための場でありたいと考えています。
資格取得を目指すなら、私の経験をすべて伝授します。残業を減らし、勉強時間を確保できる環境も整えていきます。 なぜなら、私自身がその環境の大切さを、誰よりも身をもって知っているからです。
大切なのは、これからあなたが、どんな1ページを書き加えていきたいかです。
もし、私の物語に少しでも共感していただけたなら。 一度、お茶でも飲みながら話をしませんか?
あなたの「これまで」ではなく、「これから」の話を聞けることを楽しみにしています。
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西岡税理士事務所
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大阪市で資格がなくても歓迎
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