就活解禁の合図が、僕には「処刑台への呼び出し」に聞こえた。ブラック企業を恐れて一歩も動けなかった、情けない季節の話
2026/01/22
重苦しい「終わりの始まり」
大学生活の終わりが見えてきた頃。キャンパスの空気は、自由なモラトリアムから、一気に現実的な「選別」の場へと変わりました。
周りの友人たちが髪を黒く染め、リクルートスーツに着替えていく。その姿を見るたびに、僕の心は鉛のように重くなっていきました。
「就活しなきゃいけない」
頭では分かっています。でも、体は石になったように動かない。
エントリーシート? 書いたことがない。大学のキャリアセンター? 怖くて一度も足を踏み入れたことがない。
僕は完全に、就職活動という名のリングに上がる前から、タオルを投げ込んでいました。
「どうせ無理だ」という諦めと、ネットが煽る恐怖
動けなかった理由は、自分の中にありました。
「有名大学でもない、しかも一度留年している。そんな奴を欲しがる企業なんてないだろう」
勝手にそう決めつけ、戦う前から白旗を揚げていたのです。
そして、その諦めに拍車をかけたのが、ネットやメディアから流れてくる「ブラック企業」の情報でした。
2000年代半ば、就職氷河期が終わりかけた時期とはいえ、ネット掲示板にはきな臭い噂が溢れていました。
・「人格を否定されるような圧迫面接」
・「軍隊のような新人研修」
・「残業代が出ない、使い捨ての労働環境」
真偽の定かではない情報に、社会経験のない僕は簡単に踊らされました。
「就職する=こんな地獄に放り込まれる」
そう思い込み、恐怖で足がすくんでしまったのです。
友人たちの「ハードな選択」を見て、さらに萎縮する
たまに大学で顔を合わせる友人たちの内定先を聞くと、さらに自信を喪失しました。
「〇〇商事の営業」「△△不動産の販売」
彼らが選んだのは、いかにも体育会系で、ノルマが厳しそうな、ハードな営業職ばかりでした。
彼らは覚悟を持ってその道を選んだのでしょう。でも、当時の僕にはそれが「正気の沙汰」とは思えませんでした。
「あんな競争社会で、自分みたいな人間が生き残れるわけがない」
「心も体も壊れてしまうんじゃないか」
彼らのたくましさと自分のひ弱さを比較しては、ますます「社会に出る」ことへの恐怖心を募らせていきました。
そして僕は「公務員」という逃げ道を選んだ
恐怖で硬直した僕は、結局、一社もエントリーすることなく就活シーズンを見送りました。
「働きたくないわけじゃない。ブラック企業が怖いだけだ」
そんな情けない言い訳を自分にしながら。
そして、この「動けなかった」経験が、僕を次なる安易な選択肢へと導いていくことになります。
「公務員なら、ブラックじゃないだろう」
「試験勉強という名目があれば、就活から逃げられる」
そうして始まったのが、あの不純な動機による公務員試験浪人でした。
恐怖から逃げるために、さらに大きなモラトリアムへと逃げ込む。
それが、当時の僕の精一杯の生存戦略だったのです。
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